
登壇者紹介
坂井風太(さかい・ふうた)|株式会社Momentor 代表取締役
株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)へ新卒入社。その後、子会社の代表取締役などを経験。同時にDeNAの人材育成責任者として、同社の人材育成プログラムを開発。2022年にDeNAとデライト・ベンチャーズ(Delight Ventures)から出資を受け、人材育成・組織強化をサポートする株式会社Momentorを設立。
公式サイト:株式会社Momentor
山本 弘明(やまもと・ひろあき)|株式会社Maenomery 取締役副社長 兼 COO、ロロロ株式会社 代表取締役CEO
HR領域のベンチャー企業を経て、2018年8月に株式会社Maenomeryを共同創業。取締役副社長として経営戦略や組織設計、ファイナンスなど幅広い領域を担当。同社では、年間5,000名以上の体育会人材の就職支援を行う。その他の活動としては、情報経営イノベーション専門職大学 客員准教授、立正大学特別講師(キャリア・デザイン入門)、立正大学経営学部特別講師(管理会計I)も務める。
公式サイト:株式会社Maenomery
なぜ、すでに良い組織が研修を受けたのか?
―「成果は出ている。でも、このままでいいのか?」―
坂井:マエノメリさんって、正直な話、もともとすごくいい組織だったじゃないですか。なぜそこで改めてマネジメント研修を受けようと思ったんですか?
山本:それ、よく聞かれるんですけど、実は僕の中ではものすごく“違和感”があったんですよね。事業は伸びてる、組織も拡大している。ただ僕の中では“破滅へ向かっている”感覚がありました。
坂井:そうなんですね。具体的にはどのようなところにその感覚がありましたか?
山本:組織内での“本気度のズレ”を感じたことが大きかったように思います。メンバーは皆、会社やチームに対して真剣に向き合っている。にもかかわらず、どこかかみ合っていないという現象が散見しました。特に印象的だったのは、意見を述べたメンバーや現場リーダーたちが、上司からの“べき論”によって抑え込まれる場面に多々遭遇した時です。その結果、現場には「言っても無駄」「やっても変わらない」といったニヒリズムっぽい空気が広がり、次第に覚悟の温度差が生まれていったように感じました。
実際に退職者の声を聴いても、その仮説を裏付けるような意見がいくつか寄せられました。私自身も含めて、こうした“べき論の暴走”を引き起こしていたのでは、という事を感じた時に、大きな危機感を抱きました。ただし、当の上司たちに悪意があったわけでは決してなく、むしろ会社の想いやビジョンを伝えようと真剣に努力していたのだと思います。だからこそ、この意図と受け手の間にあるギャップを埋め、組織の歯車をもう一度かみ合わせ直す必要があると考え、今回のマネジメント研修に踏み切りました。
坂井:組織としてもっと高く跳べるんじゃないか、っていう仮説を確かめにいった、ということですね。
営業が強い組織が陥りやすい“見えないバランス崩壊”
―「成果の裏で、静かに崩れていた組織バランス」―
山本:営業組織って、数字を出すことに強い分、チームとしての“土台づくり”が後回しになりやすいんです。坂井さんが良く言う“持論があるけど理論がない”がまさにですが、僕含めて一方的な正義が独り歩きして、過去の成功体験を押し付け、自身と異なる意見に対しては盲目的に批判してしまう。まさに権威主義を彷彿させる現象が起こっていたのではないかと思いました。
坂井:ワークマネジメントばかりで、ピープルマネジメントが抜け落ちるということですね。現場で成果が出てるからこそ気づきにくい。それが正しいと思って進んでいる。“見えないバランスの崩壊”が容易に想像できてしまったということですね。
山本:はい。結果的に、退職の予兆や声なき不満が蓄積していました。しかしその不満の声は数字によってかき消されていました。その影にある“沈黙”を拾うのが、組織には必要でした。そして短期的には成果が出ていても、この構造のままでは、現場リーダーにばかりしわ寄せが集まり、若手の育成にも手が回らない。この崩壊へのサイクルが容易に想像できましたね。
実際の研修内容
―理論と実践の往復―
坂井:明確な課題も持たれて研修に参加されたということですね。実際に研修を受講されてみていかがでしたか?
山本:まさにその直面していたマネジメント課題と真摯に向き合えました。全8回・各回1時間という研修でしたが、理論と実践の両面から実効性の高い内容を受講できたことが、実行に重きを置く自分たちには何より合っていました。坂井さんの理論的フレームを土台に進めつつ、現場で発生している具体的な課題を丁寧にピックアップして、具体的な処方箋を提示して頂ける。特に実際の所作や言葉の選び方といった「再現可能な振る舞い」をレクチャー頂きすぐに現場で実践できました。この理論と実践の連続性が僕を含めたマネージャー陣への理解と行動変容を大きく後押ししてくれました。
やはり坂井さん自身が同じような課題を経験していたからこそ、空中戦の会話にならず全体が納得感をもって取り組めたと感じました。
坂井:私自身も前職がピープルマネジメントへの考慮が薄い組織だったので、マネジメント基盤構築をするにあたり多くの経験ができました。2024年10月ごろから研修を実施したと思うのですが、その後の変化はどうですか?
研修後の変化と運用
―事業に向き合う時間の創出-
山本:圧倒的に変化したことは事業に向き合う時間が増えたことですね。具体的になぜ事業に向き合う時間ができたかというと、2つあります。1つ目は「共通言語」が組織に根づいたことです。たとえば、「組織効力感」や「心理的柔軟性」、などの概念を通じて、マネージャーとメンバーが「なぜ今うまくいっていないのか」を冷静に語れるようになりました。「こう感じていたけど言語化できなかったもの」が共通認識として浮かび上がったことで、現場の対話やアクションの精度が一段上がった印象があります。もうひとつは、今までやってきた事の中で、“続ける事”と“やめること”そして“新しく実行すること”が明確になったことです。冒頭でもあったように、僕を含めて殆どのマネージャーが自身の経験則によるべき論に頼っていた状態でした。それを改めて整理して、マエノメリらしいマネジメント基盤を構築できました。その方針が固まったからこそ、ああでもない、こうでもないという無駄な議論がなくなり「これは、こうしよう!」という明確な羅針盤ができました。まさにコミュニケーションコストが大幅に削減できました。
坂井:大切ですよね。やはりヒトではなく、どれだけコトに向き合う時間を創出するかが事業成長のカギになると思っています。ただピープルマネジメントをないがしろにすると、結局ヒトで苦労してコトに向き合う時間がなくなる。このジレンマを解消するのがマネジメント研修の本質だとも感じます。ちなみに上記で述べた効能は具体的にはどのような場面で発生しましたか?
山本:真っ先に思い浮かんだことは“シンボリックマネージャー”ですね。僕たちの解釈・共通認識でいうと、“まずは自分たちが、お手本になろう”という意味に近いです。
以前の僕たちは、“教えてほしかったら、そっちから来いよ”というスタンスでした。そのため議論の中心は「○○さんは主体性がある」「○○くんは主体性がない」みたいなどうでもいい相対比較ばかりでした。
ただこの“シンボリックマネージャー”という概念を持ち合わせてからは、“まずは自分たちから主体的に働きかけよう”“自分たちから、お手本を見せよう”“一緒に一歩目を踏み出してやりきるまで伴走し続けよう”というスタンスになりました。
―研修を“点”で終わらせず、“線”でつなげた―
坂井:研修を通して感じていたのですが、マエノメリさんはプログラム中から“自分たちの現場でどう活かすか”を見据えていた点が素晴らしかったと思います。受講したマネージャーだけでなく、経営者である山本さんも参加され全社的な取り組みとして進められましたよね。
また研修中からも
• 部門単位での復習会やナレッジ共有
• 1on1やミーティングにおける「口癖の見直し」
• 行動習慣に落とし込むための小さな改善ルールの設定
など徹底されていたように感じます。こうした積み重ねによって、「知識」ではなく「文化」として組織に定着し始めていると感じます。浸透させるために何か工夫をされた事はありますか?
山本:僕の中では、研修や評価制度、理念すらも効果を発揮するのは結局、運用が殆どの割合を占めると思っています。どんなに良い研修を受けたとしてもそれを徹底的に実行できるか、運用を続けることができるか、が成否を決めると思っています。そのため特段工夫をしたわけではなく、「毎日振り返りをする」とか「口癖を変える」とか、「1on1で必ずこの問いを入れる」とか、小さな積み重ねを徹底しました。というか、僕というよりは、マネージャーの皆が怖いくらい徹底してくれました(笑)なので僕がというより、一緒に受講してくれたマネージャー陣がすごい!
ただ組織として徹底できた要素としては、坂井さんのマネージャーが抱える悩みに対する解像度の高さ、まさに顧客理解度だとも感じました。難しい概念や、聞きなれない言葉がインプット時にはあるものの、具体的にアクションするべきことは、ポップな表現であり尚且つ実践的で効果的である。ここが組織的に徹底できた最大のポイントのようにも感じています。
現場メンバーの抽象化や言語化を促進させるための質問として“「ちなみにそれって、コツはなんですか?」と聞きましょう”とかまさにだなと。
坂井さんから見たマエノメリ社
―組織全体のやり抜く力“組織GRIT”―
坂井:まさにその組織として徹底するという研究領域が、私のホットトピックなんですよね。“組織GRIT”という研究領域”組織全体のやり抜く力”なのですが、最近ようやく論文として出始めてきました。やはり個人だけがやり抜いても組織全体としてやり抜けなければ、事業成長への大きな貢献には繋がらない。マエノメリさんの取り組みで特に特徴的だったのが、やはりその「組織GRIT」が圧倒的だったことですね。
山本:ありがとうござます(笑)ちなみに組織GRITでは具体的にはどんな要素が重要となるのでしょうか?
坂井:ほんとに色んな要素があるのですが、大きくいうと3つになります。
一つ目の要素は、「組織の美学的な側面」です。簡単に言えば
やりきらないことが“格好悪い”という空気感、逆に、やりきることが“格好いい”とされる文化や雰囲気のことです。
そして二つ目の要素は、「グリットを体現しているリーダーが存在しているかどうか」という点です。
最後の三つ目の要素が、「組織的支援」です。
つまり、単に「やりきれよ!な!」という精神論だけではなくて、「やりきるまで一緒にやろうぜ!」という伴走の姿勢が、組織グリットにはやっぱり必要ですよね。
マエノメリさんで真っ先に感じたのは、この組織GRITの強さです。
研修後にも必ずその日に全体で振り返りを行いそのレポートを送ってくれましたよね。この“すぐやる”という事が当たり前になっているなと。あとは相互感謝の文化が根付いていることですね。相手の感謝に対して、「逆にあなたのおかげです!」とすぐ返せる。これは組織効力感の表れで相手が貢献している部分とか強みを日ごろ観察していないと現れません。
この「すぐやる文化」と「相互感謝」が両立していることが圧倒的でした。“スピード重視”と“人間関係の丁寧さ”は、往々にしてトレードオフになりがちですが、マエノメリさんはその両方を自然に実践している。
そこには、リーダー自身が「迷わず、やるべきことに集中している」という明確な目標執着があるように感じました。
「高い目標×皆ですぐやりきる×相互感謝」がまさにマエノメリさんの特徴であり、組織効力感が高い企業の特徴でもあります。
→組織グリットの記事
まとめ
―「“自分たちならできる”を信じられる組織に必要なこと」―
組織効力感――つまり「自分たちならできる」という集団としての確信――は、相互のリスペクトだけでなく、「リーダーがどこまで本気か」が空気として伝わっているかによって、大きく左右されます。マエノメリさんのように、「迷いのなさ」が組織に浸透している会社は、それだけで強いと感じました。
組織効力感を高めるために必要なのは、特別な制度や仕組みではなく、
「共通言語を持つこと」と「リーダーが迷わず動くこと」。
この2つがそろえば、チームは自ずと“自分たちならできる”という空気をまとい始める。
マエノメリ社の取り組みは、その好例として、他社の組織づくりにも多くの示唆を与えてくれるはずである。(坂井)
―謝辞―
今回の研修と対談を通じて得た学びは、「成果が出ているからこそ、変化に目を向けるべきタイミングがある」という組織運営の本質でした。一見順調に見えた裏側に、静かに進行する軋轢や違和感を見逃さず、改めて自分たちのあるべき姿を問い直す。このプロセスを通じて、私たちは「マネジメントとは何か」に真正面から向き合うことができました。そして何より、坂井さんの研修は、単なる知識の共有に留まらず、対話の質を高め、組織に内在する意思決定の精度やスピードを飛躍的に向上させてくれました。まさに事業に向き合う時間を創出してくれました。
抽象概念を現場感覚で翻訳し、腹落ちさせる技術と、人に対する深い洞察力に、改めて敬意と感謝を申し上げます。坂井さん、本当にありがとうございました。


