
体育会人材は本当に辞めないのか?
経営層は口を揃えて言います。
「体育会出身なら忍耐力があるから辞めないでしょ?」
「全国大会に出場したことがあるから、仕事でも結果を残せそう!」
「社長と同じ大学の部活出身であれば、ハングリーなはず!」
しかし蓋をあけると、全国大会出場、プロの一歩手前、そんな“体育会エリート”が入社からわずか1年も経たずに職場を去っていく。理想と現実の乖離は、往々にして現場へのしわ寄せとなり、負の産物として組織をじわじわ侵食。
そして現場には活躍も定着も担保されない「一方的に太鼓判を押された体育会人材」と、KGI/KPIだけが言葉にならない圧力として降ってくる。
弊社は約8年間ではありますが、累計約5万人の体育会人材の就職支援を行いました。
そして体育会出身者がビジネスの第一線で成果を出し、組織に新たな風を吹き込む姿を幾度となく見てきました。
しかし一方では、早期で離職してしまうというケースも例外なく見てきました。
世間的には、なんとなく体育会出身者が華やかに活躍している雰囲気があります。一方で、ビジネスの世界に馴染めず早期離職を繰り返す元プロアスリートがいたりもします。
体育会出身者への確信と懐疑というアンビバレントな感情に苛まれながら、そこには2つの微妙な違和感があるように感じています。
① 体育会ハロー効果
・盲目的に“印象”や“過去の成功体験”に選考での評価が引っ張られてしまう。
② 体育会十把一絡げシンドローム
・体育会出身者が活躍すると“やっぱり体育会はいいね”と体育会全体が謎に賞賛される。
そして今回、この微妙な違和感を解決する糸口として、
どうやら“グリット(Grit)”という心理的特性が有効な示唆になるのでは、という仮説に至りました。
※念のためですが・・・
本稿の狙いは、体育会人材の価値や体育会人材を採用している企業を否定するものではありません。私たちはこれまで、体育会出身者が組織の成長に大きく貢献する姿を幾度となく見てきました。
だからこそ、その可能性を言語化し理論的に発見していきたいのが本稿の狙いとなります。
そして、その一つの可能性に「グリット(Grit)」という心理的特性が有効的な示唆になるのではという仮説のもと、
「競技実績が高い=活躍・定着する」といった短絡的な見方に警鐘を鳴らしつつ、体育会人材採用をより本質的・戦略的に行うための視座として“グリット”という概念を紐解きたいと思います。
そもそもグリットとは何か
- あなたは、その目標をやり抜けますか?-
グリット(Grit)を提唱したのは、ペンシルバニア大学の教授であるアンジェラ・ダックワース氏です。大学教授でありながら、元マッキンゼー出身という異色の経歴を持つ人物となります。
ダックワース氏はグリットの概念を、困難,失敗,競合目標にもかかわらず,長期目標に対して示す「情熱」と「粘り強さ」であると示します。(Duckworth, A. L., C. Peterson, M. D. Matthews and D. R. Kelly, 2007)
またグリットは、 下記2つの心理的因子から構成されると示します。
・興味の一貫性(長期にわたり同じ目標へ情熱を向け続ける)
・努力の粘り強さ(困難でも努力を継続してやり抜く)
つまりグリットとは「“長期目標”対して、粘り強く努力を継続し、やり抜く力」と定義できます。
この視点で見ると、競技成績はあくまで「成果を示す指標」に過ぎず、取り組みの過程や粘り強さを映し出すグリット力を完全に置き換えるものではないと理解できます
ちなみにグリット(GRIT)は下記頭文字を合わせて構成されます。
・Guts(ガッツ):困難なことにも立ち向かう度胸
・Resilience(レジリエンス):苦境にもめげずに立ち直る復元力
・Initiative(イニシアチブ):自ら目標を見つけて取り組む自発性
・Tenacity(テナシティ) :最後までやり遂げる執念
グリッド力が有効と示されるデータ
ダックワース氏は著書「Grit: The Power of Passion and Perseverance」の中で、「成功において最も重要なのは才能や知能ではなく、グリットである」と明確に述べています。
なぜそこまで明確に言及できるかという研究結果が下記になります。
研究結果の主な一例
・アメリカ陸軍士官学校では、士官候補生のおよそ5人に1人が中退。その差はグリット・スコア(後ほど補足)に如実に表れている。なお士官候補生は、全米1万4千人の志願者から厳選されたわずか1,200名であり、男女ともに例外なく各高校の代表的なスポーツ選手であり、大半はチームのキャプテン経験者。
・リゾート会員権販売会社の営業職数百名を対象に調査を実施。半年後には55%が退職。このケースでも、グリット・スコアの高い人ほど離職しない傾向が明らかとなる。
・アメリカ陸軍特殊部隊における過酷な選抜訓練では、訓練生の42%が途中で辞退。ここでも、グリット・スコアの高い人ほど最後まで残る傾向が確認される。
つまり体育会出身だろうが、チームのキャプテン経験者であろうが、グリット・スコアが高い人は辞めないし、低い人は辞める傾向にある、という旨を著書で伝えております。
ここまででもわかるように、現段階の研究では、競技実績が「離職しない・活躍する」という因果関係とは直接的に結びつかないことが示されています。
※なお、念のための補足ですが著書内でも、各分野においては「職務経験」や「基礎体力」などの他の要因も当然重要であると述べられています。しかし、それでも「やり抜く力(グリット)」の強い人の方が、成功する確率が高いことが一貫して記されています。
※グリット・スコアを測定する「グリット・スケール」
ダックワース氏が米国陸軍士官学校(ウェストポイント)で実施した調査中に開発したという「グリット・スケール」です。
上記の10個の項目について、5段階で自分が該当すると思うところに丸をつけて、そこに記載されている点数を合計します。その数字を10で割った数字がグリット・スコアとなり、スコアが高いほど「やり抜く力がきわめて高い」となります。
1,000人のgrit調査での平均値は、3.21、アメリカ人の平均は、3.8でした。
以上のことからも「グリット」が離職や活躍においても有効的な指標になると示唆できます。
実績からグリットは測れない。でもグリットは実績をつくる。
ここまでの論考では競技実績が高い人とグリットは関係ない、と進めました。しかし、実際のところ競技実績が高いアスリートは、グリット(Grit)に有意な差が見られるかどうかを検証した研究も存在します。
たとえばAnsah&Apaak(2019)の研究では、グリットの高い大学生アスリートほどメダルを獲得する確率が高い傾向があると示唆されています。こちらはセルフコントロールを起点とした研究にはなっていますが、いずれもグリットが関係しています。
おいおい
「競技成績が優れている=高いグリットを有している」という図式が直感的に成り立つのでは?
となりそうですが・・・実際にはそう単純ではありません。
研究データでもあったように、各高校を代表するスポーツ選手であり、大半はチームのキャプテンの陸軍士官候補生は5人に1人が中退します。つまり
- 競技成績が高いからといって必ずしもグリットが高いとは限らないが、
- グリットが高い学生は競技でも高い成果を出す傾向がある
という、因果関係の方向性に注意を要することが重要そうです。
この点において注目すべきは、ダックワース教授が提唱する以下の定式です:
才能 × 努力 = スキル
スキル × 努力 = 達成
この式からも分かるように、「努力」はスキルの獲得と達成の創出において、二重に影響を及ぼす決定要因です。また、「才能」はあくまでスキルが上達する速さであり、達成は習得したスキルを活用(努力)することによって現れる成果です。
ここに、体育会人材を見極める上での重要な示唆が含まれています。
体育会人材の見極め方
―経歴だけを盲目的に信じると痛い目に合う―
すなわち、競技実績だけを盲目的に単純評価するのではなく、その成果の背後にある“意志の持続”や“困難への耐性””に焦点を当てることが求められます。
面接や選考の過程では、候補者がどのような困難を乗り越え、どのように成長してきたか、努力のプロセスに深く切り込む質問を設計することが効果的です。
質問一覧はこちら(ペーパーダウンロード)
また、競技成績が際立っていない学生であっても、その取り組み姿勢や困難への対処行動に着目することで、将来的に大きく貢献する“原石”を発掘できるかもしれません。まさに、「見かけの実績」にとらわれず、その背後にある“グリットの本質”を見抜くことこそが、体育会人材採用の成功を左右する鍵なのです。
体育会人材の評価において真に問うべきは「何を成し遂げたか」ではなく、「どのように成し遂げたか」であり、その内在的な原動力にこそ、本質が宿っています。
まとめ
GRIT人材を採用しよう
「競技成績」という派手なメダルの裏側にある“長期目標に対して粘り強く、努力を継続し、やり抜く力”にこそ着目する必要がありそうです。ただしグリット力を兼ね備えていたからこそ、競技実績が高いという事実もあります。
重要となるのは成果に対しての“プロセスだけでなく、プロセスでの取り組み、プロセスに対しての向き合い方”をしっかりと見極めることが、面接時におけるポイントとなるのです。
しかし、1時間程度の面接でグリット力を見抜くことは難しいということも事実あります。株式会社Maenomeryでは、専門のキャリアバディが面談を通してグリット人材かどうかを見極め企業に紹介しています。
今回は“グリット”にフォーカスをして記事を書きましたが、ビジネスの実態は非常にダイナミックであり、多種多様な要素が複雑に絡み合うことを重々承知の上で、“グリット”という一元的な視点から記事作成を行いました。しかしだからこそ、一人の候補者の中にある「見えにくい資質」を照らす言葉が必要と改めて感じました。グリットは万能ではないものの、採用という不確実な営みにおいて、一つの精度を上げるヒントになることを願っています。
引用文献
・Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101.
・Duckworth, A. and J. J. Gross, 2014. Self-control and grit: Related but separable determinants of success. Current Directions in Psychological Science 23(5), 319‒325
・Duckworth, A. L. 2016. Grit: The Power of Passion and Perseverance(アンジェラ・ダックワース著, 神崎朗子訳,2016.『やり抜く力―人生のあらゆる成功を決 める「究極の能力」を身につける』ダイヤモンド社,東京.)
・Ansah, E. W., and Apaak, D.;Safety be- haviour and grit in sports performance among Ghanian university athletes, African Journal for Physical Activity and Health Sciences, Vol.25, pp.418-432, 2019


