
「“もっと主体的に頑張ろう”と促しても、うなずくだけで行動が伴わない──」。
育成の旗振り役を担う人事担当者から、近年こうした嘆きを耳にする機会が増えました。労働生産性人口が急激に減少するなかで、企業は採用した若手社員をどのように育成しロイヤリティを高めて行けば良いのでしょうか。
かつてない困難な状況下で、人事担当者は会社の未来を背負い、少しでも多くの研修予算を確保しながら、社内外の研修を活用し、若手社員を一日でも早く即戦力として育成しようと奮闘しています。
それなのに若手社員はフィードバックを受け流し、挑戦を避け、失敗を極端に恐れる。
組織全体の“大人しい熱量”に直面しながらも、背を向けるわけにはいかない立場──それが今の人事部門です。
その重圧を「世代間ギャップ」や「Z世代の価値観」で片づけるのは簡単ですが、問題はもっと根深いところにありそうです。
能力は固定的か、それとも伸ばせるものか――キャロル・S・デュエック教授が提唱した〈マインドセット理論〉は、この問いに科学的な光を当てました。
本稿では、若手の無気力感に悩む人事担当者の視点から、“やればできる”を単なる精神論ではなく、実証された成長メカニズムとしてアプローチしたいと思います。
マインドセットの種類
――人間のマインドは大きく分けると2つしかない!?――
キャロル・S・デュエック氏はスタンフォード大学で心理学を専攻とする教授です。
パーソナリティ、社会心理学、発達心理学においても世界的な権威を持たれております
そんなデュエック氏はマインドセットを2つの概念で提示しております。
- 硬直マインドセット(fixed mindset)-能力を“変えられない”とみなし、挑戦や失敗を避ける
- 成長マインドセット(growth mindset)-人間の能力は努力しだいで伸ばすことができる
具体的に硬直マインドセットと成長マインドセットではどのような事が、若手育成おいて発生するか簡単にまとめてみました。
上記表のように新人教育の現場では、同じ課題に直面してもマインドセットの違いによって反応が大きく分かれることが研究で示されています。
硬直マインドセットを持つ若手は、最初の失敗を「自分には向いていない」と捉え、挑戦を避けがちです。一方で成長マインドセットの新人は、つまずきを学習機会と捉え、次の行動に活かそうとします。
どうやらこのマインドの違いが成長や無気力感に大きく影響しているようです。
※余談ですが、先行研究によっては、硬直マインドセットを“こちこちマインドセット”、成長マインドセットを“しなやかマインドセット”と記述したりもします。(渡辺2017)
(意味合いとしては同じだと認識して進めます。)
マインドセットによる科学的有効性
――研究データから見るマインドセットの違いで創出される成長――
実際にマインドセットの違いにより、成長においてどのような違いが出たのか結果の一部抜粋が下記になります。
・事前アンケートにより、頭の良さは生まれるつきだと思っている生徒(硬直マインド)、努力次第で頭は良くなると思っている生徒(成長マインド)を2つのグループに分ける。その後2年間生徒たちの成績と行動を追跡。その結果成績が落ちたのは硬直マインドと評価された生徒だけだった。逆に成長マインドと判定された生徒たちは2年間ずっと成績がアップし続けた。
・医学生を対象にマインドセットを測定。その後の成績の推移を追うと、ここでも成長マインドセットの学生の方が良い成績を収めた。
→ちなみにどちらのマインドの学生もよく勉強したが、勉強方法に違いがみられたとのこと。硬直マインドの学生は片端から丸暗記していく方法をとり、成長マインドの学生は、闇雲に丸暗記をするのではなく学習意欲を掻き立てる方法を自分なりに工夫をして「講義全体のテーマや基本原則をつかむ」ことに努力したとのこと。
その研究ほんとか??と思ってしまいますが、著書や研究では様々な事例を列挙しております。
――マインドセットは可変するのか?――
デュエック教授の著書においても繰り返し強調されておりますが、マインドセットは固定的なものではなく、状況や対象領域によって変容し得る可変的な心的構造であるとされています。すなわち、人は一貫して成長マインドセットを持つわけでも、常に硬直マインドセットに陥るわけでもありません。
実際、多くの人が「自分は得意だ」と自覚している領域では、努力の手応えを信じて粘り強く挑戦できる、いわゆる成長マインドの傾向を示します。一方で、苦手意識が根付いている分野においては、自らの能力を静的に捉え、「自分には向いていない」と可能性を狭める硬直マインドセットが顕著に現れます。
(パソコンにあまり触れてこなかった人が、パソコン業務に苦手意識を持っているイメージです。ちなみに筆者もその一人でした)
このように、マインドセットは文脈依存的であり、個々人の経験や成功体験、フィードバックの質によって動的に形成されるものであるという理解は、現場の人材育成において極めて重要だと考察できます。したがって、教育施策を講じる際には、対象となる領域ごとに本人の認知スタンスを理解し、成長マインドへの誘導を意識的に設計する必要があります。
成長マインドセットにする3つの方法論
「やればできる、私は成長できる!」という気にさせるにはどうすれば良いのでしょうか?
そのヒントとなる3つが下記です。
- 自身が成長マインドになる
- 知能ではなく努力を褒める
- 自己効力感を上げる
順を追って説明します。
――自身が成長マインドになる――
著書の中で下記のような研究結果が記されています。
“成長マインドセットの教師に学んだ生徒は元の成績に関係なく全員成績が伸びた”
“硬直マインドセットの教師に学んだ生徒は順位がほぼ変わらなかった”
つまりまずは、教師(指導者等)がどのようなマインドセットのスタンスなのかが重要ということが示唆されています。
――知能ではなく努力を褒める――
別の研究では
「知能を褒めるグループ」と「努力を褒められるグループ」の2グループに生徒を分け実験を行った。グループ分けをした時点では成績は等しかったが、褒める行動をした直後から両グループには差がでたとのこと。
「知能を褒められるグループ」の生徒たちは硬直マインドセットの行動を起こすようになったそうです。これは知能を褒められたグループの生徒は、次の問題にぶつかったとき、もし問題を解けないと自分の知能(能力)が無価値になることを恐れ、挑戦を避けてしまうからだ。とデュエック氏は言及する。
知能に価値があるのか、努力に価値があるのかを示すことで、その後の行動に大きな影響がでるという示唆が伺えます。
――自己効力感を上げる――
自己効力感理論とはBandura(1997)が提唱した理論になります。
Banduraは自己効力感を「目標や目的に対して必要な行動を遂行することができる、と自分の可能性を認識していること」と定義しています。また自己効力感が高いと、実際にその行動を遂行できる傾向にあるということも示しています。
つまり端的に言うと
“僕でもやればできそうだなあ”と思ってもらうことが重要という内容です。
自己効力感理論とデュエック氏の理論は、達成目標理論の達成行動の動機づけ研究の流れを、批判的・発展的に拡張した理論(村山2003)になるため密接に関係しております。(ややこしいので自己効力感が大切!)とだけ思ってもらえると嬉しいです。
こちらは下記動画を参考にすることを猛烈にお勧めします!
https://www.youtube.com/watch?v=VfuMA7_4lmM
DeNAさんの公式Youtubeですが、坂井風太さんが自己効力感(3:00~)について説明しています。
―――坂井風太氏―――
元DeNA子会社代表でもあり、DeNAの人材育成基盤を構築し、現在は株式会社Momentorの代表を務めております。
現在、様々なメディアでも活躍する坂井さんの育成理論はすさまじい。なのでぜひ検索して記事や動画を見ることを猛烈にお勧めします!
成長マインドセットへの弊害と限界
――そもそも“成長マインドに変化を促すことが面倒”だという現実――
これまで、マインドセットの重要性について先行研究をもとに紐解いてきました。しかし現場での人材育成は、理論通りに進むほど単純ではありません。
教育担当者がいかに丁寧に指導し、歩み寄ったとしても、受け手である対象者の内面――すなわち、成長マインドセットが未成熟な状態では、その言葉も支援も、なかなか心に届きません。
加えて、育成には相応の時間を要する一方で、現場には早期の成果が求められる。その板挟みの中で、指導が行き過ぎればハラスメントのリスクや離職を招きかねない。
こうした状況下で、指導者が情熱を注ぎ続けることは、決して容易ではありません。
そのため有効的で尚且つ即効性のある解決としては、入社前段階で成長マインドセットを構築する構造づくり”が必要不可欠です。
株式会社Maenomeryでは大学部活動とのセミナーやキャリアバディとの面談を通してこの成長マインドを理論的に醸成し、クライアントの皆様に人材をご紹介しています。
まとめ
――どちらの説を信じるかで組織の成長曲線が変わる――
採用難・新人の無気力・経営層の温度差という“三重苦”は、人事担当者にとって非常にハードモードであり、“さすがにもう無理じゃない?”と思う瞬間が何度も訪れるかと思います。
そんな中でもデュエック教授はたぶん
「“それでも伸びる余白がある” と信じられるかどうかが重要だ」と一貫した姿勢を貫くと思います。研究や著書の中でも、スポーツや芸術、音楽、性別、人種、など様々な分野に触れ成長マインドの有効性を示しています。もちろんハンディキャップやスタートラインの差を否定せず、それらを理解したうえで言及しています。
理論といいつつ精神論ぽくなってしまいましたが(拙い文章でお恥ずかしい限りです)
どうせやるなら「人は伸びる」という前提に立ち、プロセスを称え小さな実践を繰り返し、組織変革に成長マインドで挑むということもアリなのではないでしょうか。
引用文献
・Dweck, C. S. 2006. Mindset: The New Psychology of Success, Ballantine Books(キャロル・S・ドゥエック著,今西康子訳,2008.『マインドセット「やればできる! 」の研究』(草思社,東京.)
・Bandura. A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84 191-215.
・Bandura, A. (1997) : Self-efficacy: The exercise of control. New York : W.H. Freeman.
・川西 諭 a ・田村輝之 b (2019)「グリット研究とマインドセット研究の行動経済学的な含意 『労働生産性向上の議論への新しい視点』」行動経済学 第 12 巻 87‒104 87.
・ Rina Emoto. (2000). Concept Analysis of “Self-Efficacy” Journal of Japan Academy of Nursing Science 20 (2), 39-45,
・渡辺研二(2017)「大学生のしなやかなマインドセット(上)」大阪経済大論集・第68巻第4号
・渡辺研二 (2018)「大学生のしなやかなマインドセット(下)」大阪経済大論集・第68巻第5号
・村山航(2003).「達成目標理論の変容と展望─『緩い統合』という視座からのアプローチ─」『 心理学評論』46, 564-583


