【早期離職の真因】体育会採用を博打にしない方法
1.はじめに:体育会採用は、なぜ"当たり外れ"が大きいのか
体育会人材の採用には、今でも大きな期待が寄せられています。
なぜ経営陣や幹部にとって、体育会人材がこれほどまでに魅力的に映るのでしょうか?
多くの企業にインタビューにしてきた筆者なりに簡単に要約すると下記のような事に集約できます。
- 世の不条理を肉体を通して理解している
- 理不尽すらも成長への糧と変換している
- 共同体として成果を上げる喜びを経験している
上記の項目が、果たして本当に体育会人材にとって良いことなのか、賞賛されるべきことなのか、についての言及はここでは避けたいと思います。
(理不尽を容認してるじゃないか!そんなので良いのかよ!)
的な気持ちは今回抑えてください。
話を戻します。
多くの期待や賞賛を浴びながら、社会に羽ばたく体育会人材ですが、実際の現場ではどうやら異なる声も挙がってきます。
「入社したのに、すぐ辞めちゃった」
「ビジネスの世界に馴染めなかった」
「結局、スポーツの世界に戻っちゃった」
「面接では良さそうだったのに、入社後は成長しなかった」
「競技では頑張れたのに、仕事では踏ん張れなかった」
良く聞く声ですよね。

なぜここまで賛否が別れるのでしょうか?
どちらが正しい声なのでしょうか?
結論、どちらも正しい。
ということだと筆者は考えます。
つまり、体育会人材は”成果を上げる可能性が高い"
しかし、再現性をもって見極めるのが難しいのです。
なぜ同じ競技経験を持つ人が、ビジネスで活躍する人と早く辞めてしまう人に分かれるのか。
ここでは、その背景にある一つの仮説として、体育会人材のアイデンティティクライシスをという概念から示唆を試みたいと思います。
2.仮説:原因は、アイデンティティクライシスではないか
そもそもアイデンティティクライシスの定義ですが簡単に言うと
「自分は何者なのか」という認識を失うことです。
簡単に具体例を挙げながら説明すると、
まず前提として、「人は自分だけで自分を定義してはいない」という立場に立脚したいと思います。
- どう周りから見られているか
- 何によって評価されているか
- どんな場面で必要とされているか
そんな外部からの視線や期待される役割によって、自己の必要性を形成しています。
では体育会人材の自己を形成する視線はどのようなものでしょうか?
- チームでの役割がある
- 試合に使ってもらえる
- 勝利に貢献できる
- 努力によって評価してもらえる
実際はもっと複合的であり、様々な要素が複雑に絡み合っていますが・・・
ここでの主たる意図としては、
「体育会人材の多くがスポーツ(部活)を通して、自己を定義してきた」
という存在であるということです。
しかし、ほとんどの選手が「自己定義」を強制アップデートする瞬間が訪れます。
それが「引退」です。
今までは
「試合に出ている自己」
「得点を取った自己」
「勝利に貢献した自己」
「試合には出てないけど、チームのムードメーカーな自己」
「監督に干されて試合に出れないと、他責に嘆くけど自己」
そんな、あらゆる「自己」の定義が社会にでると、一気に崩れ落ちてしまいます。
そして崩れ落ちていく精神的な歪みは、本人の内側に様々な問いを投げかけます。
「スポーツがない自分には、どんな価値はあるのか?」
「競技実績を抜きにした自分は、何ができるのか?」
「ビジネスの世界で、自分は本当に必要とされるのか?」
このような正解のない自己問答が、自己の存在意義を疑う負のスパイラルを生み出します。
そして正解のない問いの先には、自己の存在意義の喪失が待ち受けているわけです。
この状態やプロセスを含めてアイデンティティクライシス(自我同一性の危機)と筆者はかみ砕いて考えています。
学問的に興味があれば、誠信書房さんから出版されている「アイデンティティとライフサイクル」E.H.エリクソン(著),西平 直(翻訳),中島 由恵(翻訳)
を読まれると良いかと思います。
3.アイデンティティクライシスを引き起こす要因:スポーツ空間の構造
では、なぜ体育会人材はアイデンティティクライシスに陥りやすいのでしょうか。
その要因の一つを、大学生活におけるスポーツ空間論から紐解けるかもしれません。
荒井(2003)、東海林(2021)を参考にし、筆者なりに論考してみます。
大学におけるスポーツ空間論とは平たくいうと
体育会系の学生が、24時間365日の大半を過ごす
『特殊なルールと人間関係に囲まれた世界』
とでも定義しておきます。
その空間の全体図を示しつつ、それぞれの空間を説明したいと思います。
簡単に空間特徴の4つを説明します。
①オン・ザ・ピッチ(コートの中)
「競技そのもの」の世界。
活動:試合、練習など、ピッチ上での活動
特徴:肉体と精神を駆使して、勝負の世界に没頭する世界。
②クラブ内オフ・ザ・ピッチ
競技はしていないけど、「まだ部活の仲間と一緒にいる」世界。
活動:寮生活、ミーティング、遠征のバス、部室での雑談
特徴:競技はしてなくても、「部活内の上下関係」や「部活のノリ」がそのまま持ち込まれるから、実質的には「部活」の延長
③大学生社会
スポーツとは関係のない「外の世界」であり、一般的な大学生活。
活動:授業、ゼミ、他学部の友人との交流、サークル等
特徴:同年代の多様な価値観に触れる場所
④一般社会
スポーツとは関係のない「外の世界」。
活動:アルバイト、インターン、ボランティア
特徴:年齢やバックグラウンドを含めて、更に多様な価値観に触れる場所
以上のように整理ができるかと思います。
ここで問いたいですが、是非皆さんも一緒に考えていただきたいことがあります。
それは果たして体育会学生において
③④の空間は、実質的に機能もしくは存在しているのでしょうか?

4:多様な価値観へのアクセスを遮断する限定空間
筆者も所謂、体育会出身者なのですが、実際のところ大学生活においては、
授業でも同じ部活のメンバーと行動をするし、アルバイトも禁止されている。
インターンなんてのはそもそも選択肢にすら入らない。みたいな状況でした。
本来、大学生社会や一般社会という「空間」は、社会人に移行するための「準備期間」でもあるはずです。
しかし、多くの体育会学生にとって、大学生活のすべてが「クラブ内オフザピッチ(部活の延長線上のコミュニティ)」に飲み込まれてしまっています。
食事、寮生活、友人関係、授業、ゼミ、就活。あらゆる活動の多くが同質性の高いメンバーとの関係で完結しています。

5.旧態依然とした体育会コミュニティの功罪
ここまで、体育会学生が「限定的な空間」に閉じ込められている現状をお伝えしました。
この「限定的な空間」でのアイデンティティ形成こそが、体育会人材としてのアイデンティティを強固なものにすると同時に、脆弱性をも生み出しているのです。
そしてこの脆弱性が一般社会と嚙み合うかどうかこそが、体育会人材採用の博打の本質となっています。
そして博打となるタイミング(アイデンティティクライシス)は大きく3つのフェーズに分けられると考察しております。
それが下記になります。
- 就活期ー入社前
- 入社後ーオンボーディング期
- オンボーディング期ーひとり立ち期
①就活期~入社前:コンフォートゾーン依存
まず初めに訪れるアイデンティティクライシスは、入社前に発症します。
これは社会に出る事への不安から発生すると考えられます。
この時の心理状況としては
- スポーツの世界に挑戦することを諦めても良いのだろうか?
- 本当に自分はスポーツ以外で必要とされるのだろうか?
- 同期の中で成績が低かったらどうしよう。。。
みたいなことです。
②入社後~オンボーディング期:「リアリティ・ショック」と「アイデンティティクライシス」のダブルパンチ
入社後に、彼らを待ち受けているのは凄まじいリアリティ・ショックです。
- 今までの当たり前が通用しない
- 地味なことが多い
- 知らない言葉が飛び交う
- 評価軸が異なる
想像をしていた以上の理想と現実のギャップに苦しむタイミングです。
特に多いのが、入社前まで意気込んでいたが、いざ実際に社会に触れると今までの環境との違いについていけない状態です。
この環境変化は単なる「不慣れ」ではなく、「自己の崩壊」に近い衝撃となります。
③オンボーディング期~ひとり立ち期:アイデンティティの再構築
オンボーディングから、ひとり立ちになるにつれ、アイデンティティの再構築が必要となります。
今まで体育会という限定的な空間で形成されたアイデンティティは、仕事を通して徐々に再構築されていきます。まさにアイデンティティ2.0です。
しかしながら、アイデンティティの再構築には、かなりの労力が必要です。
このタイミングで何かしらの成果や誰かへの貢献ができないと
「やっぱり自分には無理だ・・・」
と自己の存在意義を見失ってしまいます。
この構築に失敗すると、早期離職へ繋がってしまいます。
以上がアイデンティティクライシスが発生しやすい3つのフェーズになります。
離職理由にアイデンティティクライシスが反映される言葉の特徴としては
- 夢を諦めたくないので、スポーツの世界でもう一度挑戦します。
- スポーツの世界に貢献したいです。
- コーチとしてオファーをもらいました。
などが頻繁に見受けられます。
この時の心理的葛藤は本心と偽りが複雑に混在しているため、本人自身もうまく整理できていない可能性も高いのではと示唆できます。
まさに「夢を諦めたくない」という偽りの想いによって、自己を救済しようとする試みのようなものでもあったりします。
※ちなみに念のためですが、夢を諦めたくない想いや本気で何かに挑戦することを否定しているわけでは全くありません。不本意な形で離職をしてしまう事への警戒として、記述しています。
以上が体育会人材を採用するときに「博打」になってしまう弊害と言えるのではないでしょうか。
6.お手本としての本田圭佑:外の世界に自己を接続する
この観点で見ると、本田圭佑さんは、体育会人材のアイデンティティクライシスを乗り越えるうえで、非常に参考になる存在です。
本田圭佑選手といえば、サッカーでの活躍はもちろんのこと
現在では様々な方面で活躍している人物です。
しかし、若手選手時代の本田選手の印象は
「サッカーに恐ろし過ぎるほどストイックで真摯な方」
ではないでしょうか?
(プロフェッショナルの流儀を見た事ある方は、ご存じかもですが)
しかし、現在の本田選手の印象はどうでしょうか?
投資家、事業家、教育や社会課題に関心を持つ。
サッカーで得た影響力を、外部社会への貢献に変換する。
サッカーにストイックな印象を残しつつも、スポーツで培った勝負観、世界観、知名度、ネットワークを、スポーツの外側に接続しています。
ここで重要なのは、本田さんが「サッカー選手」という過去に閉じこもっていないことです。
本田選手は今も現役のサッカー選手でありながら、同時に投資家であり、事業家であり、教育者でもある。
つまり、スポーツ以外の世界で「自分が貢献している」という経験を持ちあわせています。
この外の世界との繋がりこそが、引退後のアイデンティティクライシスを未然に防ぐ役割になると示唆しております。
(余談ですが、筆者はこの外の世界との繋がりに対し、「競技レベルそのものの向上」にも繋がるとも考えております。)
スポーツの経験は社会に出たときに役に立つ!と良く言われますが、逆もまた然り。
社会での経験は、競技レベルの向上に役に立つ。はずです。
→というより、そのような研究も実際に行われています。
7.面接で聞くべき質問
ここまで、体育会人材の見極めにおいて「アイデンティティクライシス」という観点がいかに重要かをお伝えしてきました。
しかし、実際の面接や面談でどのように見極めればよいか。ということが重要ですよね。
そこで、面接でそのまま使える質問集をまとめた資料をご用意しました。
▼体育会採用を「博打」にしないための面接ガイド(無料DL)
本資料で得られるもの
・面接でそのまま使える見極め質問集
・危険信号となるNG回答パターン
・入社後の活躍を予測する判断軸
しかし、当たり前ではありますが、質問だけでは見極めは完結しません。
回答には本心と面接用の言葉が混在しており、NG回答パターンと評価の判断軸を持っておくことが不可欠です。
判断軸の参考となる注意点なども資料に記載しているので、是非ダウンロードをして確認してください。
8.まとめ:体育会採用を博打にしないために
入社してみないと最終的にはわからないだろう!という意見ももちろん理解しております。
しかしながら、より自社で活躍する可能性を上げるためにも体育会採用は、博打であってはなりません。
「体育会だから頑張れるだろう」
「厳しい環境にいたから耐えられるだろう」
「部活で成果を出してきたから、仕事でも活躍するだろう」
こうした期待だけで採用してしまうと、入社後に大きなギャップが生まれます。
もちろん、体育会人材には大きな可能性があります。
しかし、その可能性がそのまま仕事で再現されるとは限りません。
本当に見極めるべきなのは、競技者として形成されてきた自己を、ビジネス上の役割へと再構築できるかどうかです。
スポーツの中でしか自分の価値を感じられていない人は、入社後に役割や評価軸が変わった瞬間、自分の存在意義を見失いやすくなります。
一方で、スポーツ以外の世界とも接続し、自分の経験を社会や組織への価値に変換できる人は、競技を離れた後も強く成長していけます。
重要なのは、アイデンティティクライシスに入社後気づくことではありません。
入社してから「この人はスポーツ以外の自分をまだ作れていなかった」と分かっても、採用の見極めとしては遅いのです。
だからこそ、体育会人材を採用する企業は、入社前の段階で見極める必要があります。
過去にどれだけ努力したか。
どれだけ厳しい環境に耐えてきたか。
どれだけ競技で成果を出してきたか。
それだけではなく、スポーツを離れたあとに、自分をもう一度つくり直せる人材なのか。
競技経験を、ビジネスの言葉に翻訳できる人材なのか。
外の世界と接続し、新しい環境で自分の役割を見つけられる人材なのか。
ここを見極めることが、体育会採用を「当たり外れ」ではなく、再現性のある採用へ変える第一歩です。体育会人材の採用で本当に問うべきなのは、
「この人は過去にどれだけ頑張ってきたか」ではありません。
「この人は、スポーツでの経験を生かし、自分のアイデンティティを再構築できるか」
この問いに向き合うことこそが、体育会採用を博打にしないための鍵なのです。
参考文献
・Erikson, E.H., 1959 [1980], Identity and the life Cycle, New York: Norton.(=2011,西平直・中島由恵訳『アイデンティティとライフサイクル』誠信書房)
・E.H.エリクソン・J.M.エリクソン:村瀬孝雄・近藤邦夫訳(2001)ライフサイクル,その完結.みすず書房
・荒井貞光(2003)クラブ文化が人を育てる.大修館書店
・東海林毅(2021)大学生サッカー部におけるオフザピッチの活動が競技力向上に与える影響の検討
・東海林毅・渡邉仁・飯田義明・佐々木亮太(2019)野外活動プログラムがチーム組織力(チームビルディング)向上に与える影響の検討:関東リーグ1部昇格を目指すR大学サッカー部を事例として.フットボールの科学,14(1),42.
